(北海道根室市において、落石漁協と一緒に実践している漁船の津波避難に関する研究活動を紹介します)
根室市落石漁協を対象とした取り組みの概要と実施効果
落石漁協における津波に強い漁業地域づくりの成果 ―漁船の沖出し避難―

平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖を震源とするM9.0の超巨大地震に伴う巨大津波によって、22,000人を超える方々が犠牲または行方不明となっています。同時に、太平洋沿岸の多くの湾港では、漁業の経済被害も甚大なものとなっており、特に津波によって大半の漁船が損傷してしまいました。そのため、被災地域の漁業の復興には、まずは漁船の確保から始めなければならない状況にあります。

そのようななか、津波襲来前に漁船を沖合に避難(沖出し)させることで、漁船の被害を最小限にとどめることができた地域がありました。北海道根室市落石漁業組合(以下、落石漁協)です。落石漁協では、津波襲来危険時における漁民の安全と漁船被害の最小化を目的として、沖出し避難ルールの作成を行ってきました。

津波災害に強い漁業地域の安全・安心プロジェクト ―漁民の命と漁船を守る・漁民の総意に基づく漁船の避難ルールの作成―
津波警報が発表されると、多くの漁民は津波によって漁船が損壊することを避けるために、漁船を沖合に避難(沖出し)させています。しかし、沖合に船をだすタイミングが遅れたり、また沖で停泊している場所が悪かったりすると、船が津波によって被害を受けてしまい、漁民が危険な状況となります。そのため、水産庁では、漁船の避難対応についてガイドラインを作成し、そこでは港内に停泊中の漁船の沖出しは禁止されています。
確かに、漁民の命の安全を第一に考えるならば、津波警報が発表された後に、すぐに高台へ避難することが求められます。しかし、現実問題として、津波警報が発表されるたびに多くの漁民は沖出しをしています。その理由の一つとして、現行の保険制度では、損傷した漁船に対する保障が100%ではなく、さらに休業期間中の保障がないことが挙げられます。そのため、漁民は自らの命と漁船を天秤にかけ、「自分は大丈夫だろう」という心理特性(正常化の偏見)によって、自らの命の危険性を軽視し、大きな経済被害を避けるために漁船の沖出しをしているものと考えられます。しかも、津波の特性などに関する不理解から、非常に危険な沖出し行動となっている場合が非常に多いのが現状です。
その一方で、遠地津波に代表されるように、津波警報の発表から津波到達予測時刻までに十分な余裕時間がある場合には、漁民も漁船も安全な沖出しを行うことができることも事実です。平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う超巨大津波によって被災した地域を見ても明らかなように、津波襲来時に港に停泊していた漁船の多くは陸に打ち上げられ、それが家屋を倒壊させてしまう場合もあります。そして何より、漁民に取っての生活の糧である漁船を失うことは、被災後の復興の遅れにもつながります。そのため、漁民の安全が確保されることを前提として、可能であれば漁船を沖出し、被害の最小化を図ることが望ましいものと考えられます。
             
釜石港に打ち上げられた大型貨物船橋の上に打ち上げられた漁船(大槌町)

そこで、私たちの研究グループでは、漁民の命を守ることを第一義におきながら、漁船の沖出し問題が漁民の財産である漁船や命を左右する極めて重大な問題であることを考慮し、漁民主体で漁船の避難ルールを検討する「津波災害に強い漁業地域の安全・安心プロジェクト」を実施しています。具体的には、根室市落石漁業組合(落石漁協)を対象に、漁民に参加してもらうワークショップを開催し、そこで津波襲来危険時における沖出しのルールづくりを行ってきました。ここでは、これまでの取り組みの概要と、取り組みを通じて作成した沖出しルールを紹介するとともに、2010年チリ地震津波、2011年東北地方太平洋沖地震津波襲来時の漁民の沖出し状況を紹介します。