(北海道根室市において、落石漁協と一緒に実践している漁船の津波避難に関する研究活動を紹介します)
根室市落石漁協を対象としたこれまでの取り組み
取り組みの背景

根室市落石地区は、北海道の太平洋沿岸東部に位置し、世帯数355世帯、人口1,087人の漁業地域です(2010年1月末時点)。当該地域の沿岸には、落石・浜松・昆布盛・長節・初田牛の5地区があり、落石港、浜松港、昆布盛港の3港が存在します。当該当地域は、1960年のチリ沖地震津波や1973年の根室半島沖地震津波など、過去に多くの津波が襲来し被害を受けてきた津波の常襲地域です。また、2005年9月に施行された『日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法』の推進地域に指定されおり、根室沖・十勝沖を震源とする「500年間隔地震」の発生に伴い、6mを超える津波の襲来が想定されています。

しかし、2006年11月15日に発生した千島列島地震に伴い、津波警報が発表されたときの漁民の対応行動を見てみると、多くの漁民は沖出ししていたが、その停泊場所や帰港タイミングなどは不適切なものとなっており、今後大きな津波が襲来した際には、多くの漁民が危険にさらされる可能性があることが危惧された。そのため、落石漁協、根室市などと連携し、津波襲来危険時における沖出し対応に関する検討を行うことになりました。

取り組みの概要
落石地区では、落石漁協に属する12名の漁民代表からなるワーキンググループ(以下、“漁民WG”)を立ち上げ、漁民の津波に対する正しい理解と漁船の沖出し対応に関するルールづくりを行ってきました。また、漁民だけでなく地域住民も対象とした“津波防災講演会”と、根室地域の防災関係機関より構成される“研究会”も合わせて開催し、当該地区の津波防災力の向上を図ってきました。
           
漁民WGでの議論の様子漁船避難の実態調査の事前説明の様子実態調査のため沖出ししている漁船の様子

                                                                                                                   
取り組み開催日開催内容実施項目・検討項目
防災講演会2007年3月30日津波防災講演会in落石津波や漁船の沖出しへの理解の促進
2008年1月26日落石地区津波防災講演会津波や漁船の沖出しへの理解の促進
※アンケート調査の実施(講演会実施前・後)
漁民WG2008年1月25日第1回漁民WG津波や漁船の沖出しへの理解の促進
主体的な検討の必要性への理解の促進
2008年2月8日第2回漁民WG津波の流速と漁船の速度との関係,安全海域への理解の促進
2008年3月19日第3回漁民WG地震津波のメカニズムへの理解の促進,避難海域の検討
2008年5月20日第4回漁民WG避難海域の検討
2008年6月9日漁船避難の実態調査避難海域までの所要時間と漁船沖出し時の課題の把握
2008年7月10日第5回漁民WG実態調査結果,避難完了までの留意事項の確認
2008年10月14日第6回漁民WG動力船の避難ルールの検討
2009年1月19日第7回漁民WG船外機船の避難ルールと情報伝達方法の検討
2009年3月9日第8回漁民WG漁船の避難ルール・情報伝達方法と今後の方向性の確認
2009年5月26日落石漁民説明会漁船の避難ルールの公表と漁民の総意の確認
2009年5月27日落石漁協婦人部等説明会津波や漁船の沖出しへの理解促進,漁船の避難ルールの公表
2009年9月29日現地調査サイレン等設置位置と陸上への避難場所の確認
研究会2008年2月7日第1回研究会漁船の沖出しに関する問題意識の共有
2008年7月22日第2回研究会これまでの経緯と漁船の避難ルールの確認
2009年3月9日第3回研究会漁船避難の課題と必要な対策,今後の方向性の確認

漁民WGにおける説明内容
津波襲来危険時の『沖出し』は、漁民の命と漁船の天秤問題であり、現状においては、自らの命よりも漁船の保全を優先して、いつ如何なる状況下においても沖出ししている漁民が少なくありません。そのため、漁民に津波襲来危険時における適切な沖出しの判断を促すためには、行政や専門家がその基準を作成し、それを一方的に漁民に押しつけるのではなく、漁民も基準検討過程に参加し、検討された基準に納得してもらうことが必要です。そこで、漁民WGでは、津波襲来危険時の具体的な沖出しルールづくりに向けた議論を開始する前に、漁民が「津波防災および沖出し問題は、自らで主体的に検討すべき課題である」という態度を形成することを促すこととしました。具体的には下表に示すような4段階のコミュニケーション・プロセスを実践しました。
                             
Phase段階的な目的 各段階のコミュニケーション内容
Phase1:当該地域の津波災害リスクへの理解を促す

・当該地域で今後想定される津波災害リスクへの理解

・津波現象やそのメカニズムに対する理解

・津波現象の不確実性とそれ故の津波情報の不確実性への理解

・津波情報リテラシーが極めて重要であることへの理解

Phase2:漁船の沖出しに対する主体的な検討と
対応の必要性への理解を促す

・津波現象が不確実性を有するが故の行政対応の限界への理解

・漁船の沖出しが他人に委ねられるべき問題でないことへの理解

・漁船の沖出し問題への主体的態度に基づく検討への理解

Phase3:具体的な漁船の沖出し行動の検討を促す

・漁船の沖出しや避難海域への理解

・漁船避難の実態調査の実施(所要時間と課題の把握)

・漁船の沖出し行動と情報伝達体制の検討

・漁船の種類及び滞在場所に応じた避難ルールの策定

・情報伝達体制の構築

Phase4:今後の適切な津波対応(漁船の沖出し・津波避難)
に向けた対策実施を促す

・漁船の避難ルールに関するリーフレットの作成・配布

・漁民全体への周知と総意確認,家族や地域住民への周知と波及

・漁船の避難信号及びサイレン等設置に向けた模索(現地調査の実施)

完成した沖出し避難ルール
落石漁協では、漁民WGでの検討を通じて、津波予報発表時の漁船の避難ルールを作成しました。そして、そのルールを全漁民に周知するために、リーフレットを作成しています。リーフレットには、避難ルールを検討することになった背景、陸上滞在時の避難方法、海上滞在時の避難方法がそれぞれ簡潔にまとめられています。