(岩手県釜石市において実践している津波防災に関する研究活動を紹介します)
市内全小中学校における津波防災教育の促進
モデル校での実践を踏まえ、市内の全小中学校で津波防災教育を促進するために教育カリキュラムを作成しました
学校における防災教育を継続することで、災害文化の醸成を促す
釜石市では、平成20年度に文部科学省の「防災教育支援モデル地域事業」に採択されたことを契機に、市内の全小中学校を対象に津波防災教育を推進してきました。その理由は、釜石市に居住する全住民が一定期間必ず属することになる小中学校において、津波防災教育をしっかり行うという仕組みが構築されることで、長期の視点にたつと、全住民に津波防災に関する知恵を与えることになり、ひいてはそれが釜石市の津波災害文化の醸成につながると考えたためです。
平成20年以前にも、同様の問題意識のもとで、各学校単位で防災に関する授業や活動を実施していましたが、これを機に、沿岸部に位置する学校の先生方が中心となって、防災教育カリキュラム作成ワーキンググループを立ち上げ、その先生方が中心となって釜石市で津波防災を教えるための教材開発を始めました。
津波防災教育を実施するための課題の把握
ワーキンググループでは、まず教職員が津波防災教育を実施するための課題を把握しました。市内の全教員に対してアンケート調査を実施した結果、以下の4つの課題が明らかとなりました。

1. 内陸出身の教員が多いため,教員自身も津波防災に関する十分な知識を有しているわけではない。

2. 津波防災教育のための時間の覚悟が難しい。

3. 津波防災教育のためのテキストや資料がない。

4. 防災教育として,何を教えていいのかわからない。

津波防災教育のための手引きの作成
これらの課題を踏まえ、他の防災教育に関するテキストとは異なり、以下のような特徴をもった『釜石市津波防災教育の手引き』を作成しました。

1. 津波防災教育の実施方法ごとに指導内容の例を取りまとめました

・全学年の各教科から“地震・津波・防災”に関連する単元を抽出し、その授業の中で追加的に教えることが可能と思われる内容を取りまとめた。

・児童・生徒の理解力に応じた、1時間で津波防災教育を実施する場合のカリキュラム案を取りまとめた。

・総合で複数時間の授業をおこなう場合の成果物の作成例を取りまとめた。

2. 児童・生徒に教育するための資料を取りまとめました

・児童生徒に教えるために教員が知っている必要がある知識を項目ごとに取りまとめた。

・授業で使う資料を項目ごとに取りまとめた。

・なお、この手引きには、様々な防災関係機関が作成した資料を教材として活用させていただいております。改めて感謝申し上げます。

 (動画ファイルと新・動く津波HMはにつきましては、容量が大きいので、リンクを解除しているため、閲覧することはできません)

・資料をダウンロードして活用する場合には、参照元を明記していただけますようお願いします。

釜石市における防災教育の理念
津波防災教育のための手引きを作成する際に、釜石市では、以下の4点を踏まえた津波防災教育を実践していくことを目指しました。この理念に則り、手引きで紹介した授業内容だけでなく、小中学校合同の避難訓練、地域住民を巻き込んだ下校時を想定した避難訓練、保護者を巻き込んだ引渡訓練、防災ボランティアに関する活動など、各校で様々な教育活動を実践してきました。
釜石に住むための『お作法』としての津波防災
釜石市で行ってきた津波防災に関する教育方針は、津波の怖さや避難の重要性を伝えるだけでなく、釜石の魅力も同様に伝えることにしています。子どもたちに津波の恐ろしさばかりを伝えてしまうと、「そんなに危ないところならば、住みたくない」など、彼らの故郷である釜石のことを嫌いになってしまうかもしれません。
そのため、釜石の魅力についても、同等以上に伝えることで、「釜石は自然豊かでこんなにも素晴らしいところである。しかし、自然の恵みを享受した生活を送っている以上、ときに災いもある。そのときには、避難することで災害をやり過ごせばよい。」という考えを持ってもらうことで、郷土愛を育むことも目的の一つとしています。つまり、津波防災教育を通じて、いざというときに津波から生き延びるための知恵をつけることは、この地で住むことのお作法である、という認識のもとで防災教育を実施しています。
『子どもの安全』をキーワードとした津波防災
津波常襲地域である釜石市であっても、津波防災に関する地域住民の興味・関心は決して高いものではありませんでした。それは、防災講演会や避難訓練を実施しても、参加してくれるのは高齢者を中心としたいつものメンバーであって、特に若い世代の参加率が低調であることからも明らかです。昭和三陸津波から70年以上が経過し、過去の被災経験がうまく伝承されず、教訓は地域から消滅しかかっていました。
そこで、地域の宝である“子ども”の津波からの安全をキーワードに教育することで、学校から保護者、地域へと防災教育の実施効果が波及させていくことを念頭において、学校のおける津波防災教育を実施する際には、保護者や地域を巻き込んだ活動を積極的に行っていくようにしています。
『てんでんこ』の意味を見つめ直す
三陸地方には、『てんでんこ(津波てんでんこ、命てんでんこなどとも言う)』という言葉が言い伝えられています。これは、「津波のときには、家族のことも構わずに、てんでばらばらに避難せよ。」という津波襲来時の避難のあり方を意味したものです。この言葉から、過去の津波で、多くの犠牲者がでたことを受けて、「一家全滅という最悪な状況にならないために」という後世を思いやる先人の苦渋に満ちた思いをうかがい知ることができます。
しかし、いざ津波が襲来するかもしれない、というときに、本当に家族のことを放っておいて、自分一人で避難することができるでしょうか?多くの場合、不可能ではないでしょうか。身体の不自由なお年寄りを一人残して避難することなんてきませんし、もし子どもが登下校時に津波が襲来した場合、その保護者は避難するよりも、子どもを捜しに行こうとするでしょう。しかし、それでは先人が危惧したように、一家全滅してしまうのです。つまり、『てんでんこ』の意味するところは、いざというときにてんでばらばらに避難することができるように、日頃から家族で津波避難の方法を相談しておき、「もし家族が別々の場所にいるときに津波が襲来しても、それぞれがちゃんと避難する」という信頼関係を構築しておくことこそ、本当に先人が私たちに伝えたかったことだったのではないでしょうか。
このように『てんでんこ』の意味を見つめ直し、釜石市における津波防災教育では、子どもを通じて、その保護者に対して、「子どもには一人でも避難することができる知恵を持たせるための教育をしっかり行うので、いざというときには子どものことを信用して、保護者の方々もちゃんと避難してほしい」というメッセージを発信し、各家庭で津波襲来時の避難方法に関する具体的な相談をすることを促すような取り組みも行っています。
『助けられる人』から『助ける人』へ
小中学校に在学する9年間の津波防災教育内容を『手引き』としてまとめたことにより、釜石市内のどこの学校で学んだとしても、子どもたちは、毎学年津波に関する知識や知恵を積み重ねていくことができます。そのため、中学生になる頃には、津波防災、津波避難に関して十分な知識や知恵を持つことが可能であり、また体力的にも誰かの支援を必要とせず、自らの判断で避難することができるようになると思います。
そこで、中学生における防災教育では、『地域のために中学生である自分たちができることは何か?』を考えることを促し、そしてそれを実行するための行動力を身につけることを目的とした指導を行っていこうと考えています。つまり、『助けられる人』から『助ける人』への転換です。
『手引き』を用いた授業の実施
作成した『手引き』を用いた授業を、まずは手引き作成に参加してくれた先生方に実施してもらいました。そして、その授業は公開で行うことで、『手引き』を他の先生方に広く周知していくとともに、その内容をさらに良いものとするために、公開授業終了後に、授業研究会を行い、意見交換を行っています。
           
地域の地図を使って、避難場所を確認
(小学校中学年)
調べた避難場所を発表
(小学校中学年)
小学校で習った内容を復習
(中学生)